石黒氏との対談02 <01はこちらから>
菊地:
続いてのトピックは、所作を通したテクノロジーと人間の関係についてです。
「所作」といえば、ジェスチャーやボディランゲージ、特に米国ではマイクロコミュニケーションと言って心理学にも若干の親和性がありますが、全くの同義が世界でもないのですよね。
私の作品では「所作」は心と連動した、人間が進化するための動きだと再定義をしています。これをShosa-logyと呼んでいて、今年の2022年のアルスエレクトロニカでもこの「所作」というテーマについてセッションを行う予定です。
石黒先生と共同研究を進めているいくつかのロボットも、この「所作」がメインテーマになっています。
この「所作」意識するようになったのは、私がアメリカの大学から帰国して日本で日本文化に感銘を受け、芸者修行をした20代前半のとき。ひとつひとつの所作や振る舞いを意識しながら座敷に適応する所作を取り込むように過ごし始めたことがきっかけでした。
座敷では全ての行動がしきたりとともに制限され、所作の美しさとは何かを意識しながら、鏡の前で生活する日々を半年ほど送りました。食事中などもそうですが、畳での足の動かし方、料亭での物の扱い方や考え、着物での裾裁きや袖の扱いなど全てにおいてでした。
普通に生きていると人間の動き、自分の動きはそこまで見られていると意識しないことが多いです。ところが、お座敷では常に見られているような意識や、全てのものに命が宿っているように注意を払いながら所作を行う感覚を持たなければなりません。
例えば、アートディレクターとしての広告やコミュニケーションデザインの仕事だと、人間の振る舞いを例えば映像の中でクリエーションしたり、振り付けやダンスのようにパフォーマンスとして落とし込むことはあります。
石黒先生のようなロボット工学の世界で、テクノロジーと「所作」はどのように関係してきたかをお伺いできますか?
石黒:
アンドロイドで僕らが作ってきた所作は、しゃべり方、頭の動かし方、視線の動かし方、そういったものに法則を見つけようと研究をしてきました。
最近ですと、ディープラーニングは流行っていますけど、たくさんの人のそういう行動のデータを取り込んでいるのに、アンドロイドにはまだ直接入ってきていません。
認識レベルでは人の動作はすべてディープラーニングを取り込んで再現するとか、予測するとか、いわば所作のモデリングみたいな技術をずっとやっていますが、部分的なモデリングしかできていません。
人間の所作は、非常に深い思い、それから浅い思いなど細かに分類されている。
環境に対する反射的な動作から生み出していて、色々な複雑な要素があると思っています。
技術でカバーできるのはすごく限られた部分なんです。
例えば、大きな音がしたらそっちを向くとか、怒ってしゃべる人がいたらちょっと困った顔をするとか、すごく短い間の反応でしか、ロボットの所作は作ることができていません。
でも人間って非常に深い思いを持っていて、そこから現れる所作は、そう簡単にモデリングできるものではありません。
まだまだ研究が必要で、技術というのは所作のごく表面的部分だけをある程度は再現できている。
けれども本当の「所作」って人間のいわば心の中から湧き出してくるというか。意識から作られてくるものだと思うので、心のレベルに到達するのはまだまだ先のことかなと思っています。
菊地:
そうですね。心と所作は大きく連動してるというのは実態としてあるんですけど、所作をどのようにロボットとのクリエーションに落とし込むかが課題になりますね。表面的に所作をロボットに人間と同様にプログラムでそっくり実装するというのはできる。けれども、感情とどのように結びついているかというところの実装はなかなか難しそうだと最初は感じていたんです。
石黒:
所作が心と結びついている、動作が心と結びついているから、動作を再現することによって、人らしい心の仕組みを理解しようとするのが、僕らの研究のそもそものアプローチなんです。
まず、私たち自身が所作を学んで、人間らしく心を感じさせるような、所作をアンドロイドで再現すること。もしそれができるのであれば、「心らしく」見えるし、心というものが、少しでもよりわかるのではないかとそんな思いでやっていますが、まだまだこれからです。
もっとアンドロイドを人間らしく振舞わせて、そこから動作・所作を通じて人の心ということを、多くの人々が理解できるようになるといいと思っています。
菊地:
そうですね。心と所作は大きく連動してるというのは実態としてあるんですけど、所作をどのようにロボットとのクリエーションに落とし込むかが課題になりますね。表面的に所作をロボットに人間と同様にプログラムでそっくり実装するというのはできる。けれども、感情とどのように結びついているかというところの実装はなかなか難しそうだと最初は感じていたんです。
菊地:
ありがとうございます。
また別の質問がありまして。文化と未来のデザインについてお伺いしたいです。
私のデザインスタジオであるKiQ(キク)では再変換を軸としたカルチュラルデザインを得意としています。石黒先生も、万博や内閣府と日本の「未来のデザイン」に取り組んでいるとお聞きしています。
その中で文化は無視できない存在だと思うのですけれど、文化×未来に対してデザインの在り方はどうお考えですか?
石黒:
僕は今まであまり文化というのを気にしてきませんでした。正直に言うと、菊地さんと議論を重ねて文化とは何かが、はっきりと教えられたことではあります。
「文化が未来を創る」と、納得したといいますか。そういう風に思えるようになりました。
何もないところから未来を予測しようとしても科学技術的にいっても予測しようがないわけです。ある程度の流れの中で、その流れがあれば延長線上で未来を見ることができると。考えたら当たり前のことで、文化っていうのはそういうものであるはずです。
ところが科学技術は、原理さえわかっていればいいみたいなところがあって、ずっと築き上げてきた文化を軽視しがちなんです。
未来がどうなるかと考えたときに、すべてが科学技術で理解できるわけではない。
ほとんどの問題は、人間に関して大事な、感情とか心とか意識とかそういったものは、文化の中で理解されたり表現されてきているものなんです。
未来において人の心がどうなるというのは、社会がどうなるのか考えたときに当然に文化は無視できない大事な要素になります。
そのことに菊地さんとの議論で気づかされてから私が思うようになったのは、未来において色々な科学技術を僕ら人間は作り上げていくし、それによって世の中はどんどん便利になると思います。
同時に文化ももっと深く広くなるだろうと思います。
科学技術で理解できない多くの人間や人間社会における大事なものは、文化の中で表現されているわけで、文化をもっと発展させながら、新しく科学技術を加えて、その文化の真髄を理解していく。そういうことが、未来で起こりそうかなと思っています。
おそらくこれも間違いなく言えると思っていますが、
未来において文化は薄くなるのか濃くなるのかでいうと、明らかに濃くなると思います。
より濃くなる文化の中で深く、人間や社会を理解すると文化と科学技術をあわせて「本当の人間社会の理解に到達する」というのが我々の未来で起こることだと想像しています。
菊地:文化が希薄になっていくと言われている中で、日本の文化は色濃くテクノロジーと共存しながら進化を進めるという形にもっていく必要性はありますね。
それには、カルチュラルデザインという分野のエキスパートが必要になっていくし、より多様性を持った視点でなければいけない。
KiQでも未来に必要な、文化でクリエーションを行えるスキルセットを持つクリエイターを育んでいくことを考えています。
菊地:
今まで、文化と科学は融合しそうでしていなかった、ある種分断された領域と思っていました。
けれども、科学者と仕事をしてみると、科学はひとつの文化に近いと思っています。科学で繋がる世界が増えてきたり、どちらも解釈しながら分野、人種とかを超えたディレクションができることをKiQとしても強みにしていて。
クリエイターも、化学の知識を深め、文化の研究をしたり、双方を把握しながら物事を扱える人が増えていくのがいいな、と。
石黒:
僕も、科学はひとつの文化なんだろうと思います。
科学は今までわりと排他的な世界でした。
すごく単純な数式ですべてを表現したり、非常に極端な文化なんですよね。
もちろん科学の中でも、いろいろなものを積み上げて、世の中のいろいろなことができるようになってきています。
これは間違いないことだけれど、科学で説明できないことって、まだまだすごくたくさんあるわけです。
人の心とか命とか人間にとって大事なもの。人間の日常に近いものってほとんど科学で説明できていないんです。それを表現しているのが文化です。
だから文化で表現してきた我々が、文化で表現してきたことの重要性を認識しながら科学の力も使っていく。これまで科学技術でいろいろなものが変わってきたわけです。
科学技術でどんどん進化していくと、私のロボットもまさにそうであるように、
単純に科学技術だけでは理解できないものにぶち当たってしまいます。
それが人の心とか命とか、複雑な社会だったりするわけですが、
これからはもっと文化を取り込んで意識した研究開発が基調になり、そこが重要になることは間違いない。
別の言葉で言うと、客観性の研究と主観性の研究というのがあって、科学というのは客観を求めるわけで、どこにでも当てはまる数式を探そうとするわけですよね。
ですが人間社会は一人一人の人間が主観で構成されている。
私はこう思う、こう感じるそういうバラバラな人たちが集まって社会作られていて、その中に心や命というのが表れてくるわけです。
だからそういう主観的なものをちゃんと扱おうとすると、科学だけでは不十分で、文化がすごく大事な研究対象になってきます。
文化的なアプローチを使うことが大事だなと思っています。
<03へ続く>
東京を拠点にするデザインスタジオKiQ(キク)のFounder & CEO、ディレクター。18歳で仙台から単身ニューヨークへの大学留学を経て、文化の奥深さを探究しに芸者修行。修行を通じて、和の振る舞いに感化される。デザインスタジオKiQでは、アート・文化・テクノロジーの調和をテーマに、これまでにないモノ・コトの再変換を行っており、マルチディシピリナリー(人種・世代を超えた多様な視点)な価値観をクリエイティブとともに提供している。所作コレオグラファーとしても活動し、人間やロボットなどの振る舞いを「所作」の概念でデザインする独自の専門家として国内外で活動。
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