「2070年の生き方」を考える/テクノロジーと人間の関係性、そして所作のデザイン/ロボット研究の第一人者・石黒浩と菊地あかねが読み解く 03

石黒氏との対談03 <02はこちらから

世界で初めてアバターロボットに所作を実装した感想

菊地:
石黒先生とコラボで、2022年春からATR や阪大の研究者やエンジニアとアバターロボットHI-6の所作のデザインを行なっています。KiQとしての実験的作品でもあります。
アンドロイドはこれまで動きにフォーカスされていなかったと強く感じました。

所作のデザイン手法としては、石黒先生の所作や動きの癖を私自身がインプットし、新しい所作として振る舞いながら指示映像をディレクションし、エンジニアにロボットに実装してもらっています。


私がディレクションした所作は先生自身よりも曲線や柔らかさを若干入れたり、アイデンティティを失わない程度で大きく振る舞うようにデザインを入れています。エンジニアの方々に、実際にこうやって動かしてほしい、細かな感情や言葉ごとの所作のガイドラインを設定しているんです。

石黒:
コラボに至った経緯は、日本舞踊や茶道、演劇や映画、コーチングなど人間の振る舞いのデザインはさまざまな専門分野で要素として存在しています。ただ、そこにはそれぞれの絶対的なしきたりや型があり、所作を自在な発想のもとクリエーションあるいは日常レベルに落とし込むという視点がどの職業でもなかなかハードルが高い。菊地さんやKiQのスタンスにしかできないので、依頼させていただきました。

菊地:
ある種、私たちが目指すマルチディシピリナリーやアートを作り出す感性にも近く、変換を目的とした、様々な分野を横断するクリエーションが求められていたのですよね。

私は座敷での修行のほか茶道も好きで、今でも上方舞を家元に指導していただいています。ただ、ロボットに実装するのは正しさや型だけではなく、よりデザインされた所作。創造的感性を伴う、心のこめられた動きの世界なんです。

動きの軸となるもの、舞いのような美しい流れ、タイミング、余白や相手との距離感を意識したディレクションになっていると思います。

今回のプロジェクトに関して石黒先生の感想もお伺いしたいのですが、いかがでしたか?

石黒:
そうですね、僕は多分ほとんど所作がない人です。
あるとは思いますが、普段から意識はしていません。

菊地:
そうかもしれないですね(笑)石黒先生は「自分」という軸が強いかも。

石黒:
だから、豊かな所作で動くアンドロイドや、自分のアンドロイドを見ると、
こういう風にできればいいなとと思います。

例えばプレゼンをするときも、自然な表現力のある所作がいいなと思っています。逆に言うと、私自身よりアンドロイドの方が、ある意味存在感がある気がします。これは私の意見じゃなくて、アンドロイド開発してる研究者たちの意見でもあります。

今回、KiQに所作をデザインしてもらったのはアバターの遠隔操作型ロボットの所作です。声を送るとその声に応じて動作を付けてくれる。そういうアンドロイドです。

アバターが自分よりも魅力的に振舞ってくれるというのは技術的に非常に重要なこと。自分と同じまったく同じように振舞うのなら、自分と同じ様にやればいいんです。

自分より魅力的に振舞ってくれるとアバターを使うことの意味はあるし、違った自分で働けたり周りと振る舞えることになるので、アバター研究としてはすごくよかったと思っています。

ただ一方でね、そうできていない自分がちょっと残念で。「あなたはここはダメでしょ。」って言われているような気にもなっていて、反省材料にもなるという気がしていますね。

自然な所作におけるコミュニケーションとしての表現力を追求している

所作、あるいは存在感の実装

菊地:
本人が意図してもっと振る舞いをアップデートしたいとか、所作を良くしたいという意思があればいいけど、例えば既に亡くなっている方への所作の実装や、意図せずに自分のアイデンティティはこの所作ではないと思う人もいると思うんです。

そういうことは、やはり本人の同意が必要ですよね?

その所作をモデリングするとき、実際の本人が実在している場合では本人の了承はどう捉えているのでしょうか?

石黒:
そうですね。そこはモデルになる人次第なのかなと思っています。実際に作って、見てもらうと、違う自分が発見できるような気になります。

だから必ずしもその同意を全部事前に取る必要はないと思っています。色々な所作をデザインして実際使ってもらうと、その人にとっては自分発見の方法になるので悪くないと思っています。

うちのアバター研究開発のポリシーと言いますか、なぜアバターを作るのかというと、いろいろな自分になることができる。普段とは違う自分になってもっと自由に働けるとか、例えば所作のトレーニングをするとちょっと違う人格になれる。そういう体験ができるんじゃないかなと思っています。

アバターもそうなんです。
人間っていろいろな可能性を持っているし、中身はもしかしたら多重人格なんじゃないかなと思っています。

遊んでる時の自分、仕事している時の自分、勉強している時の自分。
それぞれかなり違う人格を持っているんですよね。色々な人格をアバターで表出して、自分の可能性を拡げていくのが、このアバターの研究で一番大事なところだと思っています

その人に許可を取りながら所作を作るよりも、むしろ周りの人が見てきっとこの人はこういうこともできるはずだとデザインしてアバターにインストールして使ってもらう。
というのがその本人のためにもなるのではないでしょうか。本人のその人格をもっと広く広めるような、そういう効果があるのではないでしょうか。

菊地:
なるほど。本人の了承というよりも、自分自身のデザイン性が広がるために技術というものがあって、活用していくべきなのでしょうね。

石黒:
そうですね。

僕らが絶対にできないと思っていたのは、パン屋で子供にパンを売るってことです。私のロボットでは無理だと思っていたのですが、小さく可愛く振る舞うロボットで、声も少し変えてパンを売ってみたんです。そしたらちゃんと売れるし、性格まで変わって、子供と普通に話ができたんです。

所作とか見かけとかは結構大事。心まで変わっていくような、そんな感じを受けました。

だからこそ、いろいろな人になってみるとか、色々なロボットになってみるのは絶対体験すべきことだと思っています。

アンドロイドの女性らしさや男性らしさの所作の追求だけではなく、ニュートラルな動きの追求を行っている

日本ならではのフューチャーヒューマニズムとは

菊地:
石黒先生が代表を務めるAVITAと私が主宰するKiQでは、空間を用いたプロジェクトもいくつかコラボしています。

空間に命を与えるという概念で、生きている空間や、生きている家などの未来の生き方に関わるコンセプトについて話しています。その上で、所作という概念もなかなか外国人メンバーや日本人にも最初は理解されることが難しかったんです。

人間は、常に生きていますよね。
私は、生きている中で連続し続ける所作、そして輪廻のように
流れの中に所作が存在してる。それが繋がるとまさに英訳すると”Living in flow”であり、フローの中に存在し振る舞うことが所作であり、生きていることだと解釈しています。日本には、そのフローの中に周りの自然や、環境さえも生きているというという価値の見方があるかな、と。

石黒先生は、生きている空間 / そしてその空間と人間の関係をどう思われていますか?

石黒:
これは、むしろ菊地さんに教えられたことです。

もっと人間と人間、人間とロボット、人間と環境、人間と環境の関係を有機的なもの、親和性の高いものにしたいとずっと思ってきました。

私は研究開発でも意図や欲求を持つロボットとか機械を作っています。その意図や欲求を互いに対話ですり合わせることによって一緒に働く。そういうのが未来のロボットなんだ、未来の家電、電化製品なんだ、と。そんな研究開発をもう何年もやってきてます。

生きてるということが何かを簡単に伝えることができず、意図や欲求とか難しい言葉を使ってしまい、なかなかうまく表現できずにいたんです。

例えば、人間らしい動作や所作をロボットに実装するときもそうなんですけど、生きているから、魅力的な所作が生まれるはずです。

自然に対してふるまう、振る舞い方もそうです。自然が色々な形で生きているから、シンプルに理解できなかったです。

だからロボットや環境も生きていれば、人間が生きていることに対して反応し、魅力的な所作や動作を、創れる。そういうことだと思うのです。

私は少々難しく考えすぎていて、単純な原理なのにということを気づかされました。これから未来において、いろいろな家電製品、ロボットも出てくる。
いろいろな環境が出てくると思うんですけど、大事なのは生きているってことなんです。

生きているように感じられること、それが我々人間が求めている。
環境だったり、周りのものに対してもそうなのではないかと思います。

<04へ続く>

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菊地あかね

東京を拠点にするデザインスタジオKiQ(キク)のFounder & CEO、ディレクター。18歳で仙台から単身ニューヨークへの大学留学を経て、文化の奥深さを探究しに芸者修行。修行を通じて、和の振る舞いに感化される。デザインスタジオKiQでは、アート・文化・テクノロジーの調和をテーマに、これまでにないモノ・コトの再変換を行っており、マルチディシピリナリー(人種・世代を超えた多様な視点)な価値観をクリエイティブとともに提供している。所作コレオグラファーとしても活動し、人間やロボットなどの振る舞いを「所作」の概念でデザインする独自の専門家として国内外で活動。